『家族』という概念は、多義的かつ多様な読み取りを許容しながらこの建築の向かうべき方向性を明確に示す羅針盤として示された。
震災後に改めて強く意識されることとなった絆で結ばれる『家族』を基幹単位として捉えながらも、本医院の在り方と展望は広く地域社会に向けられた本医院の自覚そのものであり、スタッフへ向けられたまなざしもまた広義において『家族』として捉えることで建築の輪郭が形成される。
『家族』という包括的な概念は本建築へ向けられた命題のすべてであり、建築全体に通奏しなければならない精神性そのものである。
配置計画/プログラム
敷地を東西ふたつに分断するようにして南北方向に長く建物を配置する。
結果、西側には駐車場エリアを配し、東側には独立した外部空間が生まれ、緑化を含む環境の整備を行う。滞在時間の長い病室はすべて東の外部空間に面して環境の向上を計るとともに、1階外来ゾーンにおいては将来計画となるカフェと本建築の間にプライベート性の高い外部空間が生まれることで、待合室に良質で静寂な場所を与えることになるだろう。
一方、診察室、手術分娩関連諸室、関係者ゾーンは西に面して配置されることとなるが、自然光を要しない一部の室を除き、後述する様々な自然光の取り入れを行い室に相応の適切性を与えていく。
また、プログラム編成において、託児室の設置はスタッフの働きやすい環境を整備するためのスタッフへ向けられたまなざしの象徴化であるとともに、1階の主動線に面して配置することにより、子どもをもった患者に対して受け入れ態勢の充実を計るという医院の姿勢を発信する機会となる。
スタッフゾーンにあっても、関係者間の親和性を高めるとともに、勉強会などが闊達に行える環境となるよう、平面計画や当該室の開放性の在り方に関し、医院の向かうべき方向性を建築として応答させている。
「開くこと」と「外部との接続の在り方」について
『家族』を迎え入れる表徴性が建築には与えられなくてはならない。
また、広く受入れることを表徴するために、高い透明性を有することが望ましい。
一方、産婦人科医院が宿命的に有さなければならないプライバシーを担保しながら開放的であるために、外部との接続の在り方に注視しなければならない。
病室に関しては可能な限り広さを確保するとともに、外部へと連続する視線が確保された自然光に満たされる空間とすることが目指された。新しい家族の門出となるその場所は、思い出が記述される場所として自然光に満たされた明るい空間こそ相応しい。
また、完全空調化を前提とする密閉化された個室の在り方ではなく、中間期においては外気の通り抜けを可能とする廊下に向けられた開放窓の形式を採用することは、「(窓を)開く」ことが、医院の目指す開放性に建築として伴奏することへの応答だけではなく、環境に対し冷暖房負荷を軽減させる現代の対処法でもある。
母児同室の看護形態にあって、当該窓を経由して廊下に運ばれる生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声は患者同士の共有感や親密性を有しながら温かく届けられ、そして迎え入れられるだろう。
パブリックスペースとしての廊下や階段、または西側に面した居室の開口にあっても、一枚のガラスによって内部と外部が繋がる単一の接続の在り方ではなく、どの窓にも一定の緩衝帯を設け、その室にとって適切な自然光の量と質と視線(眺望など)が与えられる外部との接続の在り方とした。多様な光で生み出される空間の質もまた多様となり、この医院により体験を豊かなものとすることがここでの目的である。
そして夕刻を過ぎたその頃、多様な自然光の取り込みとして目指された開口は、今度は外部に(社会に)多様で豊かな表情を与える「窓」として内部の活動の豊かさと温かさを発信することになるだろう。