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SDCコンセプト1
 
SDCコンセプト2

吹抜けになった待合室の一角に彼女は立ち、ひと呼吸おいた後、弦は奏でられた。
いつも事務所で一緒に聴いているバッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番。「バッハを」とリクエストしたのは僕だったけれど、竣工パーティーにこそ相応しい華やかさを与える選曲はスタッフである彼女自身によるものだった。
2階のスタッフルームの開け放たれた窓から数人のスタッフがカメラを片手に身を乗り出している。階段にもテラスにも旋律に引き寄せられるようにして人が集まり、時折、様々な視線が交錯しながら微笑みが交換されていた。
僕は彼女を正面に見据える位置に立ち、弦の動きを目で追いながら、頭の中ではその旋律が待合室から診察室へ、そして回廊を経由し2階スタッフルームへ到達し、最後に2階テラスを通り、空へ抜けていく様子を「視覚的に」追っていた。
ヴァイオリンを中心として集合するその様態こそがここで僕が創ろうとした空間性そのものを記述していたのだ。
 
旋律が空間の隅々に行き渡ることの視覚化は、空間ごとの分節を行いながらも諸室間の結界を設けず流動化を目指したクリニックの精神への伴奏そのものだった。セルフプロモーションを主たる医療方針とする本医院ではタービンの音ではなく、笑い声と親密な会話で満たされ、隣人の(隣り合う診療台越しの)それらは微笑ましい共有感を生むことを知っていた。
また、外部テラスと一体化する待合室は開け放たれることで待合室の「外部化」が達成される。ただ、「外部化」とは環境における外部との同一性を示すだけではない。このクリニックが外部(社会)に対して『開く』ことの表徴性を含んでいる。
待合室をはじめ、回廊や、吹抜けとなる診察室(予防室)も「外部」との関係性に着目しながら設計が行われた。「見上げる空」「樹木(緑)と向き合う」「静けさ」など、外部との多様な応答関係が内部空間に多様な質を与えることを目的としスタディは繰り返された。外部との連関性の在り方をここでのテーマのひとつとしたのは、ここに移転する以前のクリニックの観察の中で、このクリニックの有する独特の「明るさ」を形象化することへの意思と、その背景となる建築はクリニックの様態を空間として表徴化することを目指したものだ。
(建築計画上の宿命としてここでも)予算上、先延ばしとなりあるいは取りやめとなった事象も多い。けれど、魂は残った。ここでいう魂とは、修飾化のすべてをはぎ取っても最後に残る建築のもつ固有性であり、経年のなかで行われる更新によっても担保され続けていく空間の質をいう。
 
最後の曲が終わろうとしている。
ヴァイオリンを弾く彼女の表情は、日常においては決してみせることのないそれであり、芸術によって生み出される美しさそのものだった。そして、僕は音楽にのみ与えられたその芸術の表出性を羨ましく感じていた。
待合室もテラス、そして階段にも開院を祝福する花と人々でいっぱいになり、テラスの向こうの歩道を歩く通行人がスローモーションで動く。
引き渡しの時にいつも襲ってくる「哀しみ」に似た感情も、今日はヴァイオリンの音色がそれを助長する。
「アンコール!」、最初に声をあげたのは僕自身だった。

SDC外観1
SDC外観2
SDC外観3
SDC待合室1
SDC待合室2
SDC診察室
SDC階段