歯科クリニックの2階、「スタッフルーム」および「技工室」を「診療室」として改修することが本改修計画の主たる目的となる。多様化する診療形態と高度医療への応答として、診察室を「個室(3室)」として整備することが求められた。
既存の用途が診療の様態にはなかったという意味で、広義においてはコンバージョン※のひとつと捉えられる。事実、他者によって設計された建築を再評価し、求められる機能に「空間の質」を伴いながら適切性を与えていく作業はコンバージョンの際に向けられるまなざしそのものだった。
(※塩倉事務所改修計画内、「コンバージョン考」にてコンバージョンに関する試論を記述)
すべては一本の電話が始まりだった。
その時、電話の向こうからは「医院の拡張」が序章として医師によって告げられたに過ぎない。スタッフの往来の激しい、院長室と呼ぶにはあまりにも手狭なその部屋で語られたビジョンは未だ輪郭の不確かな雲のように、僕と、テーブルを境に向き合う医師の間を漂っていた。
それでも正確にメモをとろうとする僕にその手を止めるよう促したのは、着目すべきは「詳細」ではなく、到達点の「姿」にこそ意味があることへの含意だった。
最終姿形としてのビジョンは明確にある。ただ、それを「空間」へと翻訳し、明確なカタチを与えるために僕はここに呼ばれたのだ。
今回の改修計画のプログラム(室編成)しかり、今日に至るまで多くの構想が立上がり、頓挫し、(以前の案が)復活さえした。
変更は突然宣告され、あるいはいままでの計画のすべてが無効化されることを承知で、自ら変更を進言することもあった。最終の姿形はすでに共有されているものの、その過程において流動的なことはあらゆる可能性に貪欲であろうとする我々の姿勢そのままだった。
建築家には施主の要望にカタチを与えるための職能を果たさなければならない。
カタチとはスタイル、テイストなどといった表層を纏うものではなく、メッセージ(意思)を表徴化する作業をいう。今回の計画の場合、医師の目指す医療形態や患者へのまなざしが「建築」においても表現されること、すなわち「メッセージ(意思)」と「建築」との同一性に向けた作業がそれに該当する。
建築計画時においては、施主の要望に応える形で作成した案によって、施主のイメージが増幅され新たなる思考が萌芽し、新たな建築空間が生まれていくといった、往復書簡のような良好な応答関係が形成されることが望ましい。
あの日、医師が熱く語ったビジョンはまだその途上にある。
完成したプロジェクト(今回の改修計画)も、進行形のそれも、あの日俎上に挙ることもなかったプロジェクトが発せられた言葉に引き寄せられるようにして(偶発的に)生まれようとしている。
未完のプロジェクトであっても、僕らは完成したそれと等価なものとして取り扱うことができる。ころがったままにある模型の群の中に表徴化を目指した意思は確かに記録され、建築的指向の断片は複製された形式で繰り返されることではなく、新たな進化形としてやがて生まれるその時を待っているのだ。